前回の記事で練習再開すると書いたけど、
子供がインフルエンザになったり、
家族旅行に行ったり、
じいちゃんが亡くなったりと
いろいろあって結局今まで何もしなかった。
で、やっと昨日から再開。
昨日はローラー台、
今日はジョグ。
どちらも1時間弱で、負荷もかけない練習だけど、
かーなーり疲れた。
すっかり一般人の体だ。
手足の状態も、良いわけではないので、
ゆるーりとやっていこう。
すっかり夜型になったので
朝練がつらい!
2009年11月20日
2009年10月26日
練習再開の許可出る
最近は(走ってないので)掌蹠膿疱症の足の裏の皮も
ひどくむけるようなこともなくて、
角質化したところが時々ひび割れる程度。
まぁ、それが元で蜂窩織炎になったりしたのだけど。
その蜂窩織炎も抗生物質を2週間飲んで、腫れも引いた。
まだ押したりするとちょっと痛いし、
足の指を曲げたときなんかは違和感もあるんだけど、
日常生活には支障なし。
今日、皮膚科に行って、
練習は再開してもよいか聞いてみたら、
足の裏に刺激になるような練習以外ならOKとのこと。
自転車程度なら良いらしい。
もう、まる2ヶ月も無練習なので
筋肉はなくなり、贅肉は増え、
腹筋の割れ目は完全に消失し、
ベルトの穴が1つ分広がった。
明日の朝、少しずつローラーを回してみよう。
いきなりやると、僕の場合、また体調を崩すから。
すっかり早寝・遅起きの習慣が身に付いて、
早起きができるかどうか不安。
でも、練習再開は嬉しいことなので、
きっと起きられるさ。
練習で、また足が悪化しませんように。
ひどくむけるようなこともなくて、
角質化したところが時々ひび割れる程度。
まぁ、それが元で蜂窩織炎になったりしたのだけど。
その蜂窩織炎も抗生物質を2週間飲んで、腫れも引いた。
まだ押したりするとちょっと痛いし、
足の指を曲げたときなんかは違和感もあるんだけど、
日常生活には支障なし。
今日、皮膚科に行って、
練習は再開してもよいか聞いてみたら、
足の裏に刺激になるような練習以外ならOKとのこと。
自転車程度なら良いらしい。
もう、まる2ヶ月も無練習なので
筋肉はなくなり、贅肉は増え、
腹筋の割れ目は完全に消失し、
ベルトの穴が1つ分広がった。
明日の朝、少しずつローラーを回してみよう。
いきなりやると、僕の場合、また体調を崩すから。
すっかり早寝・遅起きの習慣が身に付いて、
早起きができるかどうか不安。
でも、練習再開は嬉しいことなので、
きっと起きられるさ。
練習で、また足が悪化しませんように。
2009年10月21日
電子マネー初体験
おサイフケータイという機能を初めて使ってみた。
Edy。
僕は、お小遣いというのをほとんど与えられておらず、
使いたいときに、必要なだけもらう形態をとっている。
なので、普段、あんまり現金を持ち歩かなくて、
コンビですら滅多に行くことがない。
時々、少年ジャンプを買うくらい。
それですら、妻がスーパーに行くついでに買ってもらうことが多い。
なので、電子マネーの必要性を感じていなかった。
では、なぜ、Edyを使ったか。
一つは興味本位。
もう一つは、
Edyのポイントを楽天のポイントに自動的に
交換してくれるサービスがあることに
気づいてしまったためである。
何度も申しているとおり、
魚沼地方はド田舎である。
なので、電子マネーなど、使えるのはコンビニくらいで、
僕だけでなく、大多数の人間は
その必要性を感じていない。
去年、友人の結婚式のために久しぶりに東京に行ったとき、
駅で、改札に切符を挿入する人はほとんどなく、
売店や飲食店でも、みんなが携帯電話やカードをかざすだけの
決済をしているのを垣間見て、
カルチャーショックを受け、
自分が時代に取り残されていっていることを痛感したものだ。
思えば、15年くらい前、上京してた時、
自動改札機というマシンのことを
誇らしげに田舎の家族に話したことがある。
当時、田舎の駅はまだ、改札口には駅員がいて
切符を切っていた。(スタンプを押すところもあったが)
今や、改札を通るのに切符は必要ない時代なのだ。
しかし、今も地方の人間にはそれが理解できないのだ。
そんなド田舎であるからして、
家にいながらして安くモノが買える通販はよく使う。
とりわけ、楽天はよく利用させてもらってるので
少しでもポイントが貯まるならEdyを使う。
てなわけで、
初めてのEdy、最寄りのセブンイレブン(といっても車で10分)で
ドキドキしながら
「エ、エディ、チャ、チャ、チャージお願いします・・・」
と言ってみた。
パートのおばさんも、
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたが、
なんとかチャージできた。
なんでも、セブンイレブンでEdyが使えるようになったのは
今月からで、やり方がよく分からなかったんだと。
あの感じだと、従来からあったnanacoですら、
この地域ではほとんど使う人がいないんだろうなぁ。
Edy。
僕は、お小遣いというのをほとんど与えられておらず、
使いたいときに、必要なだけもらう形態をとっている。
なので、普段、あんまり現金を持ち歩かなくて、
コンビですら滅多に行くことがない。
時々、少年ジャンプを買うくらい。
それですら、妻がスーパーに行くついでに買ってもらうことが多い。
なので、電子マネーの必要性を感じていなかった。
では、なぜ、Edyを使ったか。
一つは興味本位。
もう一つは、
Edyのポイントを楽天のポイントに自動的に
交換してくれるサービスがあることに
気づいてしまったためである。
何度も申しているとおり、
魚沼地方はド田舎である。
なので、電子マネーなど、使えるのはコンビニくらいで、
僕だけでなく、大多数の人間は
その必要性を感じていない。
去年、友人の結婚式のために久しぶりに東京に行ったとき、
駅で、改札に切符を挿入する人はほとんどなく、
売店や飲食店でも、みんなが携帯電話やカードをかざすだけの
決済をしているのを垣間見て、
カルチャーショックを受け、
自分が時代に取り残されていっていることを痛感したものだ。
思えば、15年くらい前、上京してた時、
自動改札機というマシンのことを
誇らしげに田舎の家族に話したことがある。
当時、田舎の駅はまだ、改札口には駅員がいて
切符を切っていた。(スタンプを押すところもあったが)
今や、改札を通るのに切符は必要ない時代なのだ。
しかし、今も地方の人間にはそれが理解できないのだ。
そんなド田舎であるからして、
家にいながらして安くモノが買える通販はよく使う。
とりわけ、楽天はよく利用させてもらってるので
少しでもポイントが貯まるならEdyを使う。
てなわけで、
初めてのEdy、最寄りのセブンイレブン(といっても車で10分)で
ドキドキしながら
「エ、エディ、チャ、チャ、チャージお願いします・・・」
と言ってみた。
パートのおばさんも、
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたが、
なんとかチャージできた。
なんでも、セブンイレブンでEdyが使えるようになったのは
今月からで、やり方がよく分からなかったんだと。
あの感じだと、従来からあったnanacoですら、
この地域ではほとんど使う人がいないんだろうなぁ。
2009年10月20日
続 自転車部屋の地デジ化 つれづれと記す。
先日やっと自転車部屋のテレビを最新のにしたが、
なんと、
自転車部屋ではBSが受信できないことが判明(泣)
自転車部屋は、母屋を新築する際に
仮住居として物置(農作業)小屋の2階を改造したものだが、
一時的な仮住まいだったために
テレビのアンテナはBSのパラボラにつないでなかったようだ。
「それなら、BS非対応の安いテレビでも良かったじゃん!」と
妻につっこまれたが、いやいや、それでも、
ちゃんとしたメーカーのを買っておいた方が良いのだ。
今悩んでるのは、
BSのアンテナ線を引き込むかどうか。
母屋の分電盤から引き込むのは
距離がありすぎて、大工事になりそうなので断念。
きっと、パラボラを新たに購入して
単独で接続した方がきっと安い。
しかし、それでも数万円かかりそう。
じゃあ、それだけ支払って、どれくらいBSを見るのか。
費用対効果を考えると、見れないままでも良いかな・・
なんと、
自転車部屋ではBSが受信できないことが判明(泣)
自転車部屋は、母屋を新築する際に
仮住居として物置(農作業)小屋の2階を改造したものだが、
一時的な仮住まいだったために
テレビのアンテナはBSのパラボラにつないでなかったようだ。
「それなら、BS非対応の安いテレビでも良かったじゃん!」と
妻につっこまれたが、いやいや、それでも、
ちゃんとしたメーカーのを買っておいた方が良いのだ。
今悩んでるのは、
BSのアンテナ線を引き込むかどうか。
母屋の分電盤から引き込むのは
距離がありすぎて、大工事になりそうなので断念。
きっと、パラボラを新たに購入して
単独で接続した方がきっと安い。
しかし、それでも数万円かかりそう。
じゃあ、それだけ支払って、どれくらいBSを見るのか。
費用対効果を考えると、見れないままでも良いかな・・
2009年10月18日
バイク部屋、地デジに対応
ようやく我が田舎でも地デジの電波が届くようになった。
それに合わせて、というわけでもないが、
ばいく部屋のテレビを買い換えた。
今までは、スピーカーの死んだポンコツの小さなテレビデオに
ポンコツのラジカセをつないで使っていた。
19型でいろいろ探して、
結局、楽天でソニーのBRAVIAを買った。
41,000円くらいだった。
やっすいのは30,000円くらいのものからあるけど、
聞いたことないブランドで、
映像、音声入出力端子が十分に備わってなかったり、
BSが見れなかったりして、
やはり安いなりのことはある。
少し割高でも、国内有名ブランドのが良いと思い、
ソニーのに決めた。
実は、僕は個人的に、テレビに関しては
ソニーというブランドはあまり好きじゃない。
過去、うちでソニーのテレビを2台所有していたが
いずれも、あっという間に壊れてしまった。
運が悪かったのかもしれないが、
そういうことがあったため、印象悪くなった。
それ以来、うちは、テレビは東芝、日立、パナソニックの
いずれかに決めていた。
今回、ソニーにしたのは、
予算の都合あってのこと。
国内有名ブランドの中では一番安かった。
しかし、無名のどこの国のメーカーかわからないような
安物テレビを買うよりは100倍マシである。
そこにはプラス10,000円は惜しまず出す。
こいつを使ってみて、
使い勝手が良かったら、
ソニーテレビへの信頼も回復するかもしれない。
佐渡の写真集
2009年10月13日
また抗生物質・・・
足の甲の腫れがさらに悪化し
あまりに痛いので
医者に診てもらおうと思った。
整形外科か?と思ったが、
一応、かかりつけの皮膚科に行ってみた。
皮膚科でだめだったら整形外科へハシゴする覚悟だった。
皮膚科の診察で、一目見て
「あー、感染ですね。これは。」
といって、
いつもの抗生物質を処方してくださった。
病名こそ言わなかったが、
感染ということになれば、
いつもの蜂窩織炎だろう。
ネットで調べたら
蜂窩織炎による足の甲の腫れ、という症状は
めちゃめちゃたくさんヒットする。
最悪、死んでしまうこともあるそうだ。
こわいなぁ。
今までは、
ふくらはぎや太もものリンパ腺が腫れるという症状が多かった。
今回は足の甲に来たんだろう。
もうズキズキいたくて
歩くのもやっと。
車の運転がつらい。(MTなのでクラッチがあるのです)
頭痛も出てきたし。
仕事休みたい・・・
でも忙しくて休めない(泣)
2009年10月12日
足の甲が腫れた
2週間くらい前から
左足の甲に若干の痛みを感じ始めた。
以前、練習していて
足の甲を痛めたことがあった。
シューズのひもを強く締めすぎて
腱鞘炎みたいになったのだった。
今回は、全く練習していないのに
痛くなり始めたので
おかしいな、とは思ったけれど、
そのうち治るだろうと思っていた。
しかし、一昨日の息子の運動会に参加してから
急に痛みが悪化し、昨日からぷっくり腫れている。
甲の中央が赤くなっていてる。
運動会といっても、保育園の運動会で
走ったといっても、駆け足で数十メートルくらい。
今日は、痛くて歩くのも辛い。
右足は右足で、掌蹠膿疱症がひび割れて
血が出て痛いし、
こうなると、もう、完全なる身体障害者だ。
そもそも、何が原因で2週間前に痛み出したのか
全く心当たりがない。不思議だ。
「走れないにしても、そろそろバイクくらいは」
と、思い始めていた矢先だったので、がっかりだ。
まったく、次から次へと・・・
いやになってくる。
神様だか、仏様だか知らないが
そんなに僕をいじめて楽しいのか。
2009年10月09日
2009シーズン振り返り 後編
【7月後半〜8月】
七尾のレースの直後から
持病が急激に悪化し、練習が思うようにできなかった。
疲労による免疫力の異常が強くなったのだろう。
手はともかく、足の裏の膿疱がものすごいことになり
二次感染から発熱したりもした。
走ると足の皮がむけ、継続したラン練習ができない。
弱点であるランの強化もできないもどかしい日々。
2009年のメインレースである
佐渡国際トライアスロン大会(Bタイプ)まで
日がなくて、かなり焦ったけれど、
走れないものはしょうがないので
他の練習でカバーするしかない。
開き直りみたいな感情もあったけれど
あきらめたくない気持ちも強かった。
ランができないかわりに
必然的にバイクに乗る練習が増えた。
ただ、ヒルクライム中心の練習だった昨年と違い
今年はほとんど山には登らなかった。
平地で重めのギアをリズムよく回し続ける練習を重視した。
スイムも、お盆あたりまではドリル中心の練習で
8月後半に、短距離のスプリント的なインターバルをやり、
長距離泳はやらなかった。
佐渡Bタイプ対策としては遠泳よりも
スピード練習のほうが重要だと思って・・・。
【佐渡国際トライアスロン大会】
例年そうなのだが、
佐渡に向けて、満足のいく練習&調整ができたためしがない。
故障してたり、病気が悪化したり。
特に病気に関しては、いつ治るか分からない上、
大事なときに悪化してブレーキになるので
弱気になることもあったし、
悔しくて悔しくて、冗談抜きで涙が出ることが何度もあった。
されど、困難に立ち向かってこそトライアスロン。
自分だけがつらい思いをしてるんじゃない。
そんなことを自己暗示のように心に言い聞かせながら
なんとかかんとかレースの日を迎える。
申し込みの段階で、AタイプにするかBタイプにするか
かなり悩んだんだけど、
マイナスからのシーズンスタートで
どれだけ体力をあげていけるかが未知数だったので
Bタイプにした。
少し弱腰かな、と思ったこともあったけど、
7月後半からの病状の悪化と練習不足を考えたら
結果的にBでよかった。
スイムは無難にまとめ、
バイクもイメージしていたほど攻めきれず、
それでいてランは脚力不足に脱水による消耗が加わり、
グダグダであった。
しかし、そのグダグダの中にあって
足の皮がむけても走り続けた気力は
自分自身を褒めてやっても良いと思える。思いたい。
昨年は故障明けの佐渡のレースであった。
ゴール間近では感極まって涙が出た。
泣きながらゴールした。
今年は昨年以上につらいレースだったが、
涙は出なかった。
練習不足のランで数人に競り負けた悔しさが強い。
一度は抜いた選手に、抜き返され、
そしてその選手が年代別優勝した。
20秒負け。
仮定の話はタブーであり、結果がすべてなのは承知してるが、
もし、自分が健康体で練習に制約がなかったら・・・と
考えずにはいられなかった。
【シーズンを終えて】
今年は、例年のように、9月後半に村上国際がないので
佐渡のレースでシーズン終了。
9月中旬に地元の駅伝大会に出る予定だったが
体調悪化のためキャンセルした。
最終レースから1ヶ月以上たち、
すでに10月半ばにさしかかっており、
季候も良くなり、マラソンやサイクリングには
ちょうど良い時期なのだが、
体が言うことを聞かず、練習はやっていない。
気持ちは次第に戻りつつあるのだが、
かえって、気持ちだけが焦ってつらい日々だ。
今シーズンは過去最高くらいに
厳しいコンディションだった。
自分でもよくがんばったと思う。
がんばれた自分に賞賛の拍手を送ろう。
このつらさを乗り越えたことは大きな経験だ。
来シーズンはどうしよう。
出たいレースはいくつもある。
体と相談してからの話だが、
また海外のレースに行きたい。
夏場の、どこかのアイアンマンに。
七尾のレースの直後から
持病が急激に悪化し、練習が思うようにできなかった。
疲労による免疫力の異常が強くなったのだろう。
手はともかく、足の裏の膿疱がものすごいことになり
二次感染から発熱したりもした。
走ると足の皮がむけ、継続したラン練習ができない。
弱点であるランの強化もできないもどかしい日々。
2009年のメインレースである
佐渡国際トライアスロン大会(Bタイプ)まで
日がなくて、かなり焦ったけれど、
走れないものはしょうがないので
他の練習でカバーするしかない。
開き直りみたいな感情もあったけれど
あきらめたくない気持ちも強かった。
ランができないかわりに
必然的にバイクに乗る練習が増えた。
ただ、ヒルクライム中心の練習だった昨年と違い
今年はほとんど山には登らなかった。
平地で重めのギアをリズムよく回し続ける練習を重視した。
スイムも、お盆あたりまではドリル中心の練習で
8月後半に、短距離のスプリント的なインターバルをやり、
長距離泳はやらなかった。
佐渡Bタイプ対策としては遠泳よりも
スピード練習のほうが重要だと思って・・・。
【佐渡国際トライアスロン大会】
例年そうなのだが、
佐渡に向けて、満足のいく練習&調整ができたためしがない。
故障してたり、病気が悪化したり。
特に病気に関しては、いつ治るか分からない上、
大事なときに悪化してブレーキになるので
弱気になることもあったし、
悔しくて悔しくて、冗談抜きで涙が出ることが何度もあった。
されど、困難に立ち向かってこそトライアスロン。
自分だけがつらい思いをしてるんじゃない。
そんなことを自己暗示のように心に言い聞かせながら
なんとかかんとかレースの日を迎える。
申し込みの段階で、AタイプにするかBタイプにするか
かなり悩んだんだけど、
マイナスからのシーズンスタートで
どれだけ体力をあげていけるかが未知数だったので
Bタイプにした。
少し弱腰かな、と思ったこともあったけど、
7月後半からの病状の悪化と練習不足を考えたら
結果的にBでよかった。
スイムは無難にまとめ、
バイクもイメージしていたほど攻めきれず、
それでいてランは脚力不足に脱水による消耗が加わり、
グダグダであった。
しかし、そのグダグダの中にあって
足の皮がむけても走り続けた気力は
自分自身を褒めてやっても良いと思える。思いたい。
昨年は故障明けの佐渡のレースであった。
ゴール間近では感極まって涙が出た。
泣きながらゴールした。
今年は昨年以上につらいレースだったが、
涙は出なかった。
練習不足のランで数人に競り負けた悔しさが強い。
一度は抜いた選手に、抜き返され、
そしてその選手が年代別優勝した。
20秒負け。
仮定の話はタブーであり、結果がすべてなのは承知してるが、
もし、自分が健康体で練習に制約がなかったら・・・と
考えずにはいられなかった。
【シーズンを終えて】
今年は、例年のように、9月後半に村上国際がないので
佐渡のレースでシーズン終了。
9月中旬に地元の駅伝大会に出る予定だったが
体調悪化のためキャンセルした。
最終レースから1ヶ月以上たち、
すでに10月半ばにさしかかっており、
季候も良くなり、マラソンやサイクリングには
ちょうど良い時期なのだが、
体が言うことを聞かず、練習はやっていない。
気持ちは次第に戻りつつあるのだが、
かえって、気持ちだけが焦ってつらい日々だ。
今シーズンは過去最高くらいに
厳しいコンディションだった。
自分でもよくがんばったと思う。
がんばれた自分に賞賛の拍手を送ろう。
このつらさを乗り越えたことは大きな経験だ。
来シーズンはどうしよう。
出たいレースはいくつもある。
体と相談してからの話だが、
また海外のレースに行きたい。
夏場の、どこかのアイアンマンに。
2009シーズン振り返り 前編
【シーズン序盤】
昨シーズン終了直後に体調を崩し、
入院、手術から長期療養を経たため、
2009年シーズンのスタートは
年明けから2ヶ月以上たった3月からであった。
昨シーズンも膝の故障で出遅れたのだったが
入院手術による体力の低下は
体の一部分を怪我した時とは比べものにならず、
基礎の基礎の、そのまた基礎の体力作りから始まった。
また、入院手術をしてもなお、完治せず
むしろ悪化の一途をたどる持病に
シーズンを通じて幾度となく練習計画を狂わされ、
大変、もどかしく、つらい思いをした。
体力レベルが戻らない時点で無理をして
怪我をしないように心がけたが、
5月の後半に足底筋に痛みが出たが
数週間で治まり大事には至らなかった。
ようやく体が動くようになってきたのが6月に入る頃であった。
【村上国際トライアスロン大会】
今年は新潟国体開催のため
例年9月下旬の村上国際トライアスロン大会が
6月28日に開催された。
6月初旬時点で、ようやく、ベーストレーニング中心の練習から
スピードトレーニングができるようになったばかりだったので
レースに出ることを迷ったのだが、
毎年出ているレースだし、
現状で精一杯やれれば良いと思い参加した。
案の定、スピードが乗らず、リズムも悪く
それでいて疲労だけがたまるレース展開であったが、
現状のレベルを把握し、レース感を取り戻すという意味では
収穫のあるレースだった。
運良く年代別2位に入れたし、
3人の総合タイムで競うチーム対抗戦で優勝!
しかし、県勢トップ数人がエリート部門に出ていて不在だったことと、
女子の優勝選手に総合タイムで負けてしまったことともあり、
うれしさ半分、悔しさ半分の、複雑な後味のレースだった。
【七尾湾岸トライアスロン大会】
村上国際の3週間後、
今年第2戦目の七尾湾岸トライアスロン大会だ。
知り合いに聞いたり、雑誌で見たりして
以前から出てみたいと思っていた大会だ。
シーズン当初、富山の海王丸大会とで迷ったけど、
出たことのない七尾湾岸に決めた。
近県のようでいて実は遠い石川県。
能登半島の七尾市まで350キロ以上ある。
未知のレースへのワクワクを抑えつつ高速をとばした。
(高速料金が1000円でよかった。)
七尾のコースはアップダウンの連続。
バイクは20km過ぎから山地に入り、
らすと15kmはプチ山岳レースみたいな感じだ。
ランコースも、フラット区間が2kmあるかないかで
だーっと登って、だーっと下って、まただーっと登る。
こんな感じの魅惑的(笑)のコースだ。
レース当日は大荒れの天気で、
スイムが中止となり第1ラン4kmのデュアスロンとなった。
同日開催の皆生や温海も荒天のため壮絶なレースになったと聞いた。
体力レベルが納得できる所まで達していない僕は
当たって砕けろ精神で最初から攻め気で行った。
実は、僕が経験したことのあるショートのレースは
どこもフラットコースで
七尾のようなテクニカルなコースの攻略法が
イメージできなかったことも、
攻め気で行った理由の一つだ。
第1ランは少し先頭から遅れたものの
バイクでかなり前へ行けた。
そしてランでも足の痙攣がいつものようにひどくならなかった。
体調が良かったのかもしれないが、
運が良かったのだと思う。
ランシューズはターサージャパンでなくて、
スカイセンサージャパンをチョイスしたのが当たったのもでかい。
自分なりに攻めることができ、失速もなかった。
また、国体の石川県代表の
木下洋輔選手と併走できたことは、自信につながったし、
エリート選手のフォームや粘りを見られて良い勉強になった。
デュアスロンであったことは残念だが、
総合3位に入ることできたことは素直に嬉しい。
逆にスイムがあったら最初から
エリート選手にはついて行けなかったし、
3位もとうてい無理だっただろうと思う(笑)
【シーズン前半総括】
例年の同じ時期と比べて
体力レベルがはるかに劣っていた中での
ショート2連戦はかなり体に応えた。
自分なりにがんばってレースを終え、
満足感もあったものの、疲労がたまり
それがきっかけで後半、体調を崩していくこととなる。
通常であれば、なんてことない練習量やレースでも
病気を抱えている体にはかなり毒のようだ。
しかし、トライアスロンを戦う以上
最低限の練習はしなければいけない。
そして、文字通り「最低限」の練習しかやれなかった。
もっとやりたい、でもできない、というもどかしさ。
今年ほど、健康な人をうらやましく思ったことはなかった。
昨シーズン終了直後に体調を崩し、
入院、手術から長期療養を経たため、
2009年シーズンのスタートは
年明けから2ヶ月以上たった3月からであった。
昨シーズンも膝の故障で出遅れたのだったが
入院手術による体力の低下は
体の一部分を怪我した時とは比べものにならず、
基礎の基礎の、そのまた基礎の体力作りから始まった。
また、入院手術をしてもなお、完治せず
むしろ悪化の一途をたどる持病に
シーズンを通じて幾度となく練習計画を狂わされ、
大変、もどかしく、つらい思いをした。
体力レベルが戻らない時点で無理をして
怪我をしないように心がけたが、
5月の後半に足底筋に痛みが出たが
数週間で治まり大事には至らなかった。
ようやく体が動くようになってきたのが6月に入る頃であった。
【村上国際トライアスロン大会】
今年は新潟国体開催のため
例年9月下旬の村上国際トライアスロン大会が
6月28日に開催された。
6月初旬時点で、ようやく、ベーストレーニング中心の練習から
スピードトレーニングができるようになったばかりだったので
レースに出ることを迷ったのだが、
毎年出ているレースだし、
現状で精一杯やれれば良いと思い参加した。
案の定、スピードが乗らず、リズムも悪く
それでいて疲労だけがたまるレース展開であったが、
現状のレベルを把握し、レース感を取り戻すという意味では
収穫のあるレースだった。
運良く年代別2位に入れたし、
3人の総合タイムで競うチーム対抗戦で優勝!
しかし、県勢トップ数人がエリート部門に出ていて不在だったことと、
女子の優勝選手に総合タイムで負けてしまったことともあり、
うれしさ半分、悔しさ半分の、複雑な後味のレースだった。
【七尾湾岸トライアスロン大会】
村上国際の3週間後、
今年第2戦目の七尾湾岸トライアスロン大会だ。
知り合いに聞いたり、雑誌で見たりして
以前から出てみたいと思っていた大会だ。
シーズン当初、富山の海王丸大会とで迷ったけど、
出たことのない七尾湾岸に決めた。
近県のようでいて実は遠い石川県。
能登半島の七尾市まで350キロ以上ある。
未知のレースへのワクワクを抑えつつ高速をとばした。
(高速料金が1000円でよかった。)
七尾のコースはアップダウンの連続。
バイクは20km過ぎから山地に入り、
らすと15kmはプチ山岳レースみたいな感じだ。
ランコースも、フラット区間が2kmあるかないかで
だーっと登って、だーっと下って、まただーっと登る。
こんな感じの魅惑的(笑)のコースだ。
レース当日は大荒れの天気で、
スイムが中止となり第1ラン4kmのデュアスロンとなった。
同日開催の皆生や温海も荒天のため壮絶なレースになったと聞いた。
体力レベルが納得できる所まで達していない僕は
当たって砕けろ精神で最初から攻め気で行った。
実は、僕が経験したことのあるショートのレースは
どこもフラットコースで
七尾のようなテクニカルなコースの攻略法が
イメージできなかったことも、
攻め気で行った理由の一つだ。
第1ランは少し先頭から遅れたものの
バイクでかなり前へ行けた。
そしてランでも足の痙攣がいつものようにひどくならなかった。
体調が良かったのかもしれないが、
運が良かったのだと思う。
ランシューズはターサージャパンでなくて、
スカイセンサージャパンをチョイスしたのが当たったのもでかい。
自分なりに攻めることができ、失速もなかった。
また、国体の石川県代表の
木下洋輔選手と併走できたことは、自信につながったし、
エリート選手のフォームや粘りを見られて良い勉強になった。
デュアスロンであったことは残念だが、
総合3位に入ることできたことは素直に嬉しい。
逆にスイムがあったら最初から
エリート選手にはついて行けなかったし、
3位もとうてい無理だっただろうと思う(笑)
【シーズン前半総括】
例年の同じ時期と比べて
体力レベルがはるかに劣っていた中での
ショート2連戦はかなり体に応えた。
自分なりにがんばってレースを終え、
満足感もあったものの、疲労がたまり
それがきっかけで後半、体調を崩していくこととなる。
通常であれば、なんてことない練習量やレースでも
病気を抱えている体にはかなり毒のようだ。
しかし、トライアスロンを戦う以上
最低限の練習はしなければいけない。
そして、文字通り「最低限」の練習しかやれなかった。
もっとやりたい、でもできない、というもどかしさ。
今年ほど、健康な人をうらやましく思ったことはなかった。




